【有川ひろってどんな人?】「倒れるときは前のめり – 有川ひろ」

書籍紹介

概要

「図書館戦争」や「阪急電車」などの作者である有川ひろさんの全94本のエッセイ集と、短編小説2本がまとめられた本です。

故郷の高知や自衛隊、作家・表現者としての気持ちなどが雑多に綴られています。

この本をおすすめしたい人

有川ひろさんが好きな方は是非読んでみると良いと思います。かなり率直であるが故に強烈なことを書かれていて、考えさせられることの多いエッセイでした。

また、度々読者側では議論が巻き起こる小説の映画化に関して、作者側からの率直な思いが述べられているエッセイが何本かあり、作家の方はこういう風に小説のメディア化を捉えているのかととても勉強になりました。

印象に残った点

この本の中で、私が印象に残った点を2点紹介させていただきます。

「正義」を建前にしない

賛否両論が多かった表現の規制に関するある条例改正において、作者の所感が述べられている文の中で、

「子供を守るために賛成してください。」これは規制推進派の決まり文句だがたいへんずるい文言であると思う。賛成しない人は子供を守る気がないのだと言外に迫り、意義を唱えること自体を非難するからだ。

という言葉が印象に残りました。

この言葉は、様々なことが規制されるようになったり、様々な発言が槍玉に上げられ炎上につながってしまう社会の中で、自分自身が抱えていたモヤモヤの核心を表現してくれる文章でした。

もちろん多くの規制や批判には、そこに至った理由や主張があると思います。

しかし、その理由や主張が過度に一般化された「正義」であることは問題だと思います。例えば、上の引用中の「子供を守るために」というのもその一例で、子供を守らなければいけないことは、ほとんどの人が否定できないであろう道理です。

だからこそ、「正義」をベースにした主張は、それを唱える人にとって強力な武器となり得、暴力的な論理を押し付けることにもつながってしまいます。

しかし、一方で有川ひろさんが述べているようにこのような強力な武器は、その主張の対象となっている論理に対して議論の余地をなくしてしまいます。主張している理由自体は否定ができない正義だからです。

「正義」はそれを唱える人にとってはとても心地のいいものであり(もちろん私にとってもそうです)、だからこそ「正義」を武器にするのではなく、きちんと自分の言葉として理由や主張を語らなければいけない、そして自分が論理の押し付けを行なっていないかを気をつけなければならないと考えさせられました。

映像化作品の楽しみ方

皆さんは小説の映像かについてどのような意見をお持ちでしょうか。私自身はもともと映画をそんなに見る方ではないこともあるのですが、原作小説を読んで頭の中に出来上がっているイメージを壊したくないという理由で、敬遠してしまうことも少なくありません。

さて、この問題について、有川ひろさんは以下のように述べています。

小説の映像化となると原作ファンの方から必ず上がる声が「原作を一切変えないで!」というものだ。原作原理主義と自称する方もいるらしいが、この原作原理主義に映像化が添えない理由をこの機会に説明したい。

どれほど誠実に作っていただいても、小説を映像にした時点で、原作とは絶対に変わる。それは、小説が「文章で読んだときに最も面白い」手法で書かれているからだ。小説を流れをそのまま順番に映像に起こしていっても、それは絶対に原作を超えられない。映像化でオリジナルの切り口が加わるのは、映像が文章と勝負するためである。

そしてまた、映像側が何をしようと、それで作品自体が揺らぐほど脆弱なものは書いていないという自負が作家にはある。仮に失敗されたとしても、作家としての自分には何のダメージもない。だからこそ、映像化を許可できる。

有川さんは、読者には自分の書いた小説を信じて、映像化の顛末そのものを楽しんで欲しいと思っているそうです。そして、自分が映像化を託す監督は「面白くなるなら何をどう変えても構わない」と思える方だけだと述べています。

私は、小説を書いたことも映像作品を作ったこともないので、「小説で書かれた通りに映像化しても面白くならない」というのはなるほどと思わされる言葉でした。だからこそ、映像化には映像化にあった楽しみ方をしてみたい!と、この本を読んで思いました。

終わりに

有川さんががかなり率直で妥協や中途半端に対して手厳しい方であることを、著書である「県庁おもてなし課」などを読んで感じていましたが、エッセイを読むとそのパワーと信念とに圧倒されました。

これからますます有川ひろさんの著作を楽しめそうです。

ファンの方はぜひご一読を!

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